才能がある、ということ。それを活かす、ということ。

才能がある、ということ。それを活かす、ということ。

2014年9月17日 09:06 / カテゴリ:[ どうでもいい日記 ]

最近、ある人からかなりの力を込めて言われたこと。

その人が言うには「君には人を手玉に取る才能がある」のだそうだ。

ほめられているのか何なのか、そう言われてどう反応していいんだか、複雑過ぎて困るものの、才能があるというのはきっと悪いことではないはずなので、丁重にお礼を伝えた。

「人を手玉に取る」才能。

と言われたとき、どう活用すればそれが良いかたちで活かせるのか、見当がつかない。

浮かんでくるイメージは、相手をいいようにコントロールして、自分の思いのままにする、そんな感じ。その行為を良いかたちで使うには、一体どうすればいいのか、悩む。

「人を手玉に取る」という表現はともかくとして、自分は、人を喜ばせることが割と得意なのだという自覚は以前からあった。ただ、喜ばせることが相手によって果たして良いことなのかどうか、ということは常に頭の中にあった。

この瞬間、自分が相手を喜ばせるような言動を取る。そしてこちらの想定通り、相手は喜ぶ。それを、ある種、自分への依存、というようなかたちで使ってしまえば「人を手玉に取る」ということになってしまう訳だが、その適切な境界線、その適切なさじ加減を見極めてそうする力を、今の自分はまだ持っていないという自覚もある。

人に喜んでもらえることが、素直に嬉しいと思える。それくらい、素朴で純粋な思いでいられるときにしか、その才能を使うべきではないという思いがある。そこに素直さ、純粋さがなくなってしまえば、どこか利己的で、自分の中の満足感を満たすようなかたちでその才能を使ってしまうことになりかねない、という恐れがあるからだ。

それを自制できるほどには、今の自分はできた人間ではないという自覚があるからだ。

ただ、せっかく見出してもらえた「才能」を、上手く、いいかたちで使えるようになりたい、という思いもある。そうまで言ってもらえる、ということは、他の人から見て、それだけの価値があることなのだろうと思うから、自分の周りの人たちに、力を与えるような使い方ができるようになればいいと思う。